人はなぜ『教えられただけ』では育たないのか|経験学習から考える人材育成

経験・振り返り・概念化・再実践の循環から、人が育つ仕組みを考える

「何度も教えているのに、なかなかできるようにならない」

「研修では理解していたはずなのに、現場に戻ると元に戻ってしまう」

「マニュアルも渡した。説明もした。それでも行動が変わらない」

人材育成の現場では、こうした悩みが繰り返し起こります。

では、そもそも人は「教えられること」だけで、本当に育つのでしょうか。

「教えたのに、できない」。

この状態が続くと、つい「本人のやる気がないのではないか」「理解力に問題があるのではないか」と考えたくなります。

しかし、その前に考えておきたいことがあります。

知識を理解することと、実際の仕事の中で行動できることは、同じではありません。

今回は、人が経験からどのように学ぶのかを説明する代表的な考え方である「経験学習」を手がかりに、現場の人材育成について考えてみます。

目次

「知っている」と「できる」は違う

たとえば、新人スタッフに電話対応を教える場面を考えてみます。

先輩が、

「最初に会社名を名乗って、相手のお名前を確認して、用件を聞いてください」

と説明します。

新人は「わかりました」と答えます。

ここまでは、知識を伝えた状態です。

ところが、実際に電話が鳴ると、

  • 緊張して会社名を言い忘れる
  • 相手の話すスピードについていけない
  • 聞いた内容をうまくメモできない
  • 取り次ぐときに何を伝えればよいかわからなくなる

こうしたことが起こります。

これは珍しいことではありません。

説明を理解することと、実際の状況の中で行動できることは、別の能力です。

人材育成で問題になるのは、まさにこの「知っている」と「できる」の間にある距離です。

経験学習という考え方

この問題を考えるうえで参考になるのが、教育学者・組織行動学者のDavid A. Kolb(デイヴィッド・コルブ)が体系化した「経験学習」です。

Kolbは、学習を単なる知識の受け取りではなく、経験を変換することによって知識が形成されていく過程として捉えました。

代表的なモデルでは、学習は大きく4つの過程を循環すると考えます。

① 具体的に経験する

② 振り返る

③ 気づきを整理し、概念化する

④ 次の場面で試してみる

もっと簡単に言えば、

やってみる → 振り返る → わかったことを言葉にする → 次に試す

という循環です。

① まず「やってみる」

仕事は、説明を聞いているだけでは身につきません。

電話対応なら電話を取る。

患者対応なら患者さんと話す。

部下との面談なら、実際に面談をしてみる。

営業なら、顧客と話してみる。

まず具体的な経験が必要です。

もちろん、何の準備もせずに現場へ放り出せばよいという意味ではありません。

基本的な知識や手順を教えたうえで、本人が実際に行動する場面をつくることが重要です。

ここで初めて、

「思ったより難しい」

「説明を聞いたときには、わかったつもりだった」

ということが見えてきます。

② 「できた・できなかった」で終わらせない

次に重要になるのが、振り返りです。

ところが現場では、この部分が抜けることがあります。

仕事をさせて、

「できた」

「できなかった」

「次は気をつけて」

で終わってしまう。

これでは、経験はしていても、その経験から十分に学べているとは限りません。

たとえば、こんな問いを投げかけます。

  • どこまではうまくできた?
  • 途中で何に困った?
  • 相手があの反応をしたのは、なぜだと思う?
  • もう一度やるなら、どこを変える?

すると本人は、自分が経験した出来事をもう一度捉え直すことになります。

経験しただけでは見えていなかったことが、振り返ることで見えてくる。

ここに学びが生まれます。

③ 経験を「言葉」にする

さらに重要なのが、経験から得たものを言葉にすることです。

たとえば電話対応を経験した新人が、

「相手の話を全部メモしようとしたので、逆に話についていけなくなりました」

と気づいたとします。

そこで先輩との対話を通して、

「全部書くのではなく、『誰から・何の用件で・どうしてほしいのか』の3点をまず押さえればいい」

と整理できた。

これは、単なる失敗談ではありません。

経験から、自分なりの原則をつくった状態です。

この「経験を整理して、次にも使える考え方に変える」過程が、人材育成では重要になります。

④ そして、もう一度やってみる

そこで終わりではありません。

次の電話で、

「今度は3点を意識して聞いてみよう」

と試します。

すると、

「前より聞けた」

あるいは、

「3点に絞っても、相手が早口だと難しい」

という新しい経験が生まれます。

そこから、また振り返ります。

経験

振り返り

言語化

次の実践

新しい経験

人が育つということは、この循環を何度も回しながら、少しずつ自分の行動を修正していくことだと考えることができます。

だから「教えたのにできない」は不思議ではない

この視点に立つと、

「ちゃんと教えたのに、なぜできないのか」

という問いそのものが少し変わります。

教えた。

理解した。

だから、できる。

とは限りません。

実際には、

教わる

やってみる

失敗する・迷う

振り返る

修正する

もう一度やってみる

という過程が必要になります。

ところが現場では、「教える」から、いきなり「できること」を期待してしまう。

この飛躍が、人材育成を難しくしている原因の一つではないでしょうか。

「経験させればいい」わけでもない

ここでもう一つ重要な点があります。

経験学習という言葉だけを見ると、

「とにかく経験させれば、人は育つ」

とも読めます。

しかし、そう単純ではありません。

同じ仕事を10年間続ければ、全員が同じように成長するわけではありません。

経験を重ねても、同じやり方を繰り返しているだけということもあります。

経験だけでもない。
振り返りだけでもない。
指導だけでもない。

経験、フィードバック、振り返り、そして次の実践を組み合わせて循環させることが重要です。

また、「振り返りをすれば必ず成果が上がる」と単純化することにも慎重である必要があります。

仕事における振り返りについては、その効果を支持する研究がある一方で、研究結果が必ずしも一貫していないことも指摘されています。

一方、フィードバックを受けたあとに振り返ることで、その後の課題成績が改善したことを示す研究もあります。

つまり、重要なのは「振り返り」という言葉そのものではなく、経験を次の行動改善へどうつなげるかです。

上司の役割は「答えを教えること」だけではない

ここから、上司や育成担当者の役割も変わってきます。

従来型の育成では、

「正解を知っている上司が、正解を知らない部下に教える」

という構図になりやすいものです。

もちろん、知識や手順を教えることは必要です。

しかし、それだけではありません。

本人が経験したあとに、

  • どうだった?
  • 何が起きた?
  • なぜそうなったと思う?
  • 次はどうする?

と一緒に考える。

つまり上司には、

経験から学ぶための対話を支援する役割

もあります。

答えをすぐに教えるより時間がかかる場合もあります。

しかし、本人が自分で考え、言葉にし、次の行動を決める経験を積むことで、少しずつ「自分で学べる人」に近づいていきます。

ロールプレイが人材育成に使われる理由

この考え方は、ロールプレイとも非常に相性があります。

実際の顧客や患者さんを相手に失敗する前に、まず安全な環境でやってみる。

そして、

  • どこが良かったか
  • どこで詰まったか
  • 相手役はどう感じたか
  • 次は何を一つ変えるか

を振り返ります。

改善点を一つ決め、もう一度やってみる。

経験

フィードバック

振り返り

修正

再実践

ロールプレイは、単なる「練習」ではありません。

設計次第では、学習の循環を短時間で何度も回すことのできる場になります。

だからこそ、接遇、営業、面談、部下指導、クレーム対応など、人と人とのやり取りを伴う仕事では、有効な育成手段になり得ます。

人材育成を「研修」ではなく「循環」で考える

人材育成というと、

「どんな研修をするか」

「どんなマニュアルを作るか」

から考えがちです。

しかし、本当に考えるべきなのは、その後かもしれません。

研修で知ったことを、いつ実践するのか。

実践したあと、いつ振り返るのか。

振り返ったことを、誰と話すのか。

そして、いつもう一度試すのか。

ここまで設計して初めて、人材育成の仕組みになります。

人は「教えられて」育つのではなく、「学ぶ循環」の中で育つ

もちろん、人が育つ仕組みを経験学習だけですべて説明することはできません。

個人差もあります。

職場環境もあります。

心理的安全性、動機づけ、人間関係、仕事そのものの設計など、さまざまな要因が関係します。

それでも、

「一度説明したのだから、できるはずだ」

という人材育成から離れるために、経験学習という考え方は大きな示唆を与えてくれます。

人を育てるとは、知識を渡すことだけではありません。

本人が経験し、振り返り、そこから何かを見つけ、もう一度試してみる。

その循環をつくることです。

ライドオン人材育成研究会の考え方

ライドオン人材育成研究会では、人材育成を単発の研修としてではなく、

設計 → 対話 → 実践 → 振り返り → 再実践

が循環する仕組みとして考えています。

理論を現場に当てはめる。

現場で試す。

そこで起きたことを再び理論と照らし合わせる。

そして、より現場で使える方法へ修正する。

理論と実践を往復する。

この繰り返しを通じて、「人が育つとはどういうことなのか」「現場で実際に機能する人材育成とは何か」を研究していきます。

参考文献・参考資料

David A. Kolb,
Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development,
Prentice-Hall, 1984.

Anseel, F., Lievens, F., & Schollaert, E.
“Reflection as a strategy to enhance task performance after feedback,”
Organizational Behavior and Human Decision Processes, 2009.

Roessger, K. M.
“The effect of reflective activities on instrumental learning in adult work-related education: A critical review of the empirical research,”
Educational Research Review, 2014.

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この記事を書いた人

斎藤達也のアバター 斎藤達也 ライドオン人材育成研究会 代表/人材育成コンサルタント・行政書士

ライドオン人材育成研究会代表。人材育成コンサルタント・行政書士。歯科医院、介護・障がい福祉事業所などの小規模組織を中心に、人材育成、面談設計、スキルの見える化、業務改善を支援しています。「人材育成を一部の優秀な人に依存させず、現場で継続できる仕組みにする」ことをテーマに、実践と研究を行っています。

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